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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1110号 判決 1957年3月13日

横浜信用金庫

事実

控訴人は、被控訴人横浜信用金庫が主張する金額六十三万円の約束手形の受取人であり、第一裏書人であるところの訴外同和産業株式会社は未登記の会社であつて、法人格を有しないのみならず、同手形は控訴人が訴外今沢良男から撚糸を買受けることを約し、その代金の支払方法として同訴外人に裏書交付されたものであるが、今沢はこれを資金としで撚糸を買入れる目的をもつて、被控訴金庫代表者上野某に右事情を告げて割引を求めたところ、同金庫においては今沢に対し右手形の割引に応じながら現実その手形金を支払わず、却つてこの一部を今沢が昭和二六年四月一一日同金庫より借り受けた金四十五万円のうちの金十五万円にほしいままに充当し、残余についてはなお計算を明らかにしていない。前記の次第で今沢は控訴人に対し撚糸の引渡をしなかつたのであるから、控訴人も同人に対し本件手形金支払の義務のないものであり、被控訴人横浜信用金庫はこの事情を知つて右手形の裏書譲渡を受けた悪意の取得者であるから、控訴人はこれに対し手形金支払の責を負わない。なお金額十万円の約束手形については今沢が被控訴人から金十万円を借り受けるについて形式的担保のために控訴人が被控訴人を受取人として振り出したものであつて、被控訴人はこのことを知つて振出を受けたものであるから、控訴人は右手形金支払の義務はないと述べた。

被控訴人は、控訴人の主張事実中、被控訴人と訴外今沢良男との間に控訴人主張のような金円貸借のあつたことは認める。今沢と控訴人との間に控訴人主張のごとき売買契約のあつたことは不知、その余の点は否認すると述べた。

理由

控訴人が昭和二七年一月一三日訴外同和産業株式会社を受取人として金額六十三万円の約束手形を振出交付し、同会社はこれを訴外今沢良男に、今沢は被控訴人横浜信用金庫に順次白地裏書により譲渡し、被控訴人がその所持人となつたことは当事者間に争がない。

証拠によれば、控訴人は昭和二六年七月ごろ、訴外今沢良男から控訴人に生糸を売りたい、金六十三万円の約束手形を振り出せばそれを被控訴金庫で割引いて貰い、他から生糸を買い入れて引渡すとの申込を受けてこれを承諾し、右生糸代金支払の方法として金六十三万円の約束手形を振り出し、その後右手形の書替手形として本件手形を振り出したこと、しかるに今沢は控訴人に生糸の引渡をなさなかつたので、控訴人も今沢に対し右手形金支払義務はないものであること、今沢は書替前の前記手形を被控訴人に裏書するにあたり、その代表者上野某に対し、前記控訴人との生糸の売買を告げて割引を求めたものであること、また右手形の延期手形たる本件手形の振出に際しては控訴人と今沢とが右上野某、理事岩本と面会し、右売買のいきさつ、前記手形振出に関する事情を説明して、控訴人が今沢に対し手形金支払の義務のない事情を明らかにし、今沢から被控訴人に本件手形の裏書譲渡をしたことを窺うことができる。

してみれば被控訴人はその前者たる今沢に対し、控訴人が本件手形金支払義務のないことを知つて裏書譲渡を受けた悪意の取得者であるから、控訴人は被控訴人に対し、今沢に対する右抗弁をもつて対抗し得るものであり、本件請求中被控訴人が控訴人に対し右手形元利金の支払を求める部分は失当としてこれを棄却すべきものである。

次に控訴人が昭和二七年一月二〇日被控訴人を受取人として金額十万円の約束手形一通を振り出したことは、当事者間に争がなく、控訴人は、右手形は訴外今沢が被控訴人から金十万円を借り受けるについて形式的担保のために振り出したにすぎないと主張するけれども、本件における証拠によつては控訴人の右手形振出は被控訴人と相通じてなした虚偽の意思表示であるとか、その他控訴人が被控訴人に手形金支払義務を負担しない趣旨で形式的に振り出したものであるとの事実を肯定するに足りない。

よつて被控訴人の本件請求中、約束手形金十万円及びこれに対する支払ずみまで年六分の割合による金員の支払を求める部分を正当と認め、被控訴人その余の請求は失当であるとしてこれを棄却した。

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